2005年6月11日土曜日

ザクロの花が咲いた、柘榴の渡来と風呂屋のざくろ口との関係など



わが家で一番エライ木はザクロ。一応ヤマモモが庭の主木だが春になると否が応でもザクロが存在感を増す。去年は枝を剪りすぎてほとんど咲かなかったが、今年はちゃんと咲いた。この調子じゃたくさん実をつけそう。

 

ザクロの花には異国のかおりがする。それもそのはず、原産地はイランだ。シルクロードをつたって中国に入り、平安時代には日本にやってきた。北野天神縁起 では菅原道真の怨霊が柘榴を食べて口から種を吹き出すとそれが火焔となって建物を焼こうとする。まるで人間火炎放射器。当時はエキゾティックで不思議な果物だと思われていたらしい。

これが定説だが、たまたま今日目にした本に、もっと古かった可能性があると書いてあった。
4022598549植物ごよみ
湯浅 浩史
朝日新聞社 2004-06-11
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しかしながら、ザクロの渡来はもっと早かったかも知れない。それはザクロには果物より重要な用途があったからである。古代の日本でもっとも価値の高い用具のひとつは鏡。それはどうで作られていた。銅はさびやすい。当然磨いて手入れをしなければならない。いったい何で磨いたのか。それに柘榴の果汁が使われていた可能性が高い。

小学館のニポニカを見ると:
仏典には降魔の威力をもつと出る。中国へは紀元前2世紀、張騫(ちようけん)が西域(せいいき)から持ち帰ったと伝えられ、日本ではかつて銅鏡を磨くのにこの果汁が用いられた。
(C)小学館

貴重な鏡を輸入したときにその手入れの仕方も同時に教えて貰っていると考えた方が自然。卑弥呼も柘榴を食べていたのかも知れない。

小学館でついでに「ざくろ口」を調べてみた。これも鏡と関係があったのだ。
ざくろ口。江戸時代の銭湯にあったもので、戸棚風呂(ぶろ)が開放的に進化した浴槽構造の一つ。左右および後部を羽目板で囲んだ小部屋に浴槽を設け、その前面に天井から低く板を垂らして張ったものである。蒸し風呂と湯浴の折衷の構造といえる。湯気の放散を防げるので湯も冷めにくい。その前面を覆った板の下部に、人が身をかがめてくぐれる程度のすきまがあり、客はそこを通って浴槽と流し場の間を出入りした。
 この語源として、昔は鏡を磨くのにザクロの実の醋(す)を用いたところから、「かがみ入る」と「鏡鋳(い)る」をかけて、ざくろ口とよばれたという。(C)小学館

ということで、きょうはいろいろ勉強した。日本の植物は、このように多くは外国から入ってきたもの。コメ(稲)もそうだ。日本人にしたって、大半は外来種だ。あまりブラックバスを目の敵にするのもどうかと思う。
 

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